東京高等裁判所 昭和41年(ラ)320号 決定 1966年11月14日
抗告人
小野政男
右代理人
金田哲之
外一名
相手方
斎藤半九郎
右代理人
伊藤修佐
外一名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙一のとおりであり、これに対する相手方の主張は別紙二のとおりである。
抗告理由の第一点(別紙一の第二項)について。
本件記録によれば、
(一) 本件建物収去命令の基本である債務名義は、原告斎藤半九郎(本件相手方)、被告桜井善八、同小沢政子間の東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第六六号建物収去土地明渡請求事件につき昭和三四年九月一一日言渡された原告勝訴の判決であり、右判決は昭和三七年一月二九日東京高等裁判所で控訴棄却せられ、同三九年六月四日最高裁判所で上告棄却せられて、確定したものであること。
(二) ところが右上告審繋属中である昭和三八年六月中、小沢政子、桜井善八が右紛争につき本件相手方を相手方として東京簡易裁判所に宅地調停を申立て右結果(昭和三八年(ユ)第一九二号)、同年一二月二一日同裁判所において別紙三のとおりの調停が成立したこと、しかし前記訴訟は取下げられず、前記のとおり上告棄却により判決が確定したこと、
(三) 相手方は右調停条項第四項にのつとり、昭和四一年二月初めごろ小沢、桜井に対し本件建物明渡の強制執行をしようとしたところ、本件抗告人小野政男は、小沢から右建物の譲渡を受け所有権取得の登記を経たとして東京地方裁判所に第三者異議の訴を提起し同年二月一五日建物明渡の執行停止決定を得たこと、
(四) そこで相手方は前記確定判決にもとづき、本件建物を取得したと主張する抗告人に対し承継執行文を得た上、本件建物収去の執行を申立て、原決定を得たこと、
が認められる。
しかして抗告人は、前記調停(以下本件調停という。)成立の際、前記債務名義たる判決(以下本件判決という。)にもとづく執行はしないとの合意が成立したと主張するのであるが、明示的にかかる合意のなされなかつたことは明かであるし、前記調停の内容に本件判決の主文と相容れない部分があるからといつて黙示的に本件判決につき不執行の合意がなされたともいえない。もつとも前記認定事実によれば、本件判決の基準日たる事実審口頭弁論終結後において前記調停が成立しているから、本件判決がその後に確定していても、係争の実体上の権利関係は本件調停条項のとおりに合意確定されたものというべきであるけれども(それを理由として本件判決の執行を阻止するには請求異議の訴によるべきである。但し本件において本件判決の執行を最終的に阻止するに足る理由があるかどうかはすこぶる問題であるが。)それは直ちにいわゆる不執行の合意という執行手続に関する合意まで含むものとはいえない。不執行の合意とは、債務名義を利用して強制執行しないことを簡明、直截に約するものであり、実体関係に関する合意からたやすく不執行の合意を推すことはできない(もしそう解しないと、請求異議事由のうち債権者の意思にかかるものは多く不執行の合意を伴うことになり、かかる合意の存在を執行方法の異議事由と解する限り、訴をもつて執行力の有無を判断すべきものとした趣旨に背馳する。)。殊に本件の場合、訴が取下げられなかつたこと、本件調停はその第一項で小沢らは本件土地占有権原のないことを確認していて基本的には権利関係の確定につき本件判決と異るものではないことからいつても、到底不執行の合意がなされたとは認められない。
従つて抗告理由第一点は理由がない。
抗告理由の第二点(別紙一の第三項)について。<中略>
以上のとおり本件抗告理由はいずれも採用することができず、他に原決定取消事由となる違法事由に見られないので、本件抗告を棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。(近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)
(別紙一)抗 告 状
申立の趣旨
原決定を取消し、東京地方裁判所昭和四一年(モ)第六、二〇八号建物収去命令申立事件の申立を却下する
との裁判を求める。
申立の理由
一、原審東京地方裁判所は、相手方斎藤半九郎の申請による、原告斎藤半九郎、被告小沢政子間の同庁昭和三二年(ワ)第六六号建物収去、土地明渡請求事件の判決正本に抗告人を被告承継人とする承継執行文を得て、これに基く建物収去命令申請事件(同庁昭和四一年(モ)第六二〇八号について、昭和四一年五月一三日付で収去の決定を為し、抗告人は同月一六日これが収去の決定正本の送達を受けた。
二、然しながら、右収去決定は、次の如き違法がある。即ち、本件建物については、相手方は二個の債務名義を有しており、前記判決正本(以下本件債務名義という)をもつては、当事者間に於いて不執行の合意があるのに拘らず、原審は之を無視して決定したものである。
(一) 即ち、本件債務名義は、相手方斎藤が、昭和三二年頃申立外小沢と桜井に対して土地不法占有(賃料値上請求による賃上額不履行に基く賃貸借契約解除によるもの)を理由として建物収去、土地明渡の訴訟を提起し、昭和三四年九月相手方が勝訴の判決を得たが申立外小沢等は控訴し、これも昭和三七年一月控訴棄却となり、更に上告されて、昭和三九年六月上告棄却の判決が為され、ここに本件債務名義は確定した。
(二) ところが右上告審の係属中で未だ本件債務名義が未確定の状態にあつた昭和三八年二月二一日、相手方と申立外小沢等との間に右訴訟の目的物である本件土地建物に関して次の如き内容の調停が成立したのである。(東京簡易裁判所昭和三八年( )第一九二号)即ち、
(1) 小沢等は、土地につき不法占有なることを確認する。
(2) 右土地の明渡を昭和四一年一月三一日まで猶予する。
(3) 小沢等は、右明渡期限まで土地使用損害金を支払うこと。
(4) 小沢等が第六項に該当することなき場合に於いて、相手方が昭和四一年一月三一日限り第六項の金百万円を支払うときは、その支払と同時に小沢等は、本件建物を相手方に譲渡し、右同日限り右建物より退去して右建物及び第一項の土地を債権者に対して明渡すこと。
(5) 小沢等が、前項の明渡義務を履行したときは、その履行と同時に金百万円を小沢等に支払うこと。
(6) 小沢等が、第三項の支払を怠り、その額が三カ月分に達したときは、明渡期限の利益を失い、直ちに本件建物を収去して土地を明渡すこと。
(7)(8)項省略。
(三) 右調停によれば、結局小沢等は昭和四一年一月三一日限り本件建物を相手方に譲渡して本件建物から退去して、建物及び土地を明渡すということになつたのである。従つて、本件債務名義に係わる訴訟は、本件建物収去、土地明渡の請求であるから、右調停の成立によつて訴訟の目的物に関する紛争はすべて解決されも早訴訟を維持する何等の利益も必要もなくなつたのである。ここに於いて、相手方は調停の成立によつて、右訴訟の取下げを為すべきものである所、これを為さず、結局上告棄却となつて確定したのは、当事者間に於いて本件債務名義をもつては執行をしないという合意が成立していたからに外ならない。このことは、小沢等の調停代理人安藤信一郎弁護士も証明する所であるが(証明書を追完します)、なお次の点からも明白である。即ち、もし本件債務名義をもつてなお執行し得るとすれば、本件債務名義は昭和三九年六月上告棄却によつて確定したのであるからこの時既に本件建物収去、土地明渡の強制執行は出来た筈である。然る時は、調停で本件建物を昭和四一年一月三一日限り所有権を譲渡して明渡すという定めは全く無意味になつてしまつて、調停の効力は全く無視されることにこれは明らかに本件建物を収去しないということでなければならない。だからこそ債権者も今日まで本件債務名義をもつては執行に着手しなかつたのである。右の理は、調停による本件建物の明渡期限後であつても同様である。ただ、調停に於いて不執行の合意を明文で記載もなかつたことは、右のことが当然の前提で、而も、調停で本件建物を譲渡して明渡すというのは、既に本件建物を収去しないで明渡すというのに外ならないから、強いて記載する必要がなかつたのである。
(四) そこで、この間の事情を知らない抗告人が、小沢より本件建物を、昭和四一年一月一〇日譲渡担保として譲受け、営業を始めた所、相手方は、初め調停調書を債務名義として強制執行に着手したので、抗告人は、右調停は、建物所有権に基く明渡請求であるから本件建物の所有権を取得し、かつその登記を為しているのであるから相手方に対抗し得るという理由をもつて、東京地方裁判所に第三者異議の訴を提起し、(同庁昭和四一年(ワ)第一、二六六号)、同時に強制執行停止決定を得たのである。(同庁昭和四一年(モ)第二、八二五号)
(五) 然る所、相手方は今度は偶々本件債務名義が存在することを奇貨として、本件収去命令申請に及んだので、抗告人はその審訊期日に、右の事情を抗弁したのであるが、原審はこれを全く無視して決定したものである。<以下省略>
(別紙二) 相手方の主張<省略>
(別紙三) 調停条項
一、申立人等は相手方に対し別紙物件目録記載の土地を使用占有する正当な権原のないことを確認する。
二、相手方は申立人等に対し前項の土地の明渡を昭和四十一年一月三十一日迄猶予する。
三、申立人等は連帯して相手方に対し本件土地に対する(イ)昭和三十年六月一日より同三十八年十二月末日迄の使用損害金残金九拾弐万壱千弐百六拾円(ロ)昭和三十九年一月一日より明渡期日迄一ケ月金弐万円の割合による使用損害金の支払義務あることを認めこれを次の通り支払うこと。
(イ) 昭和三十九年一月末日限り前記(イ)の金員を相手方代理人弁護士伊藤修佐方へ持参して
(ロ) 昭和三十九年一月より毎月末日限り前記(ロ)の金員を相手方へ持参して
四、申立人等が第六項に該当することなき場合に於て相手方が昭和四十一年一月三十一日限り第六項の金百万円を支払うときはその支払いと同時に申立人等は別紙物件目録記載の建物を相手方に無償にて譲渡し右同日限り右建物より退去して右建物及び第一項の土地を相手方に対し明渡すこと。
五、申立人等が第六項に該当することなき場合に於て申立人等が前項の義務を履行するときはその履行と同時に金百万円を相手方は申立人小沢政子に対し支払うこと。
六、申立人等が第三項(イ)の支払いを怠りたるときは又同項(ロ)の割賦金の支払いをその額三ケ月分に達したときは申立人等は第二項の明渡猶予による期限の利益を失い直ちに自己の費用を以て別紙物件目録記載の建物を収去して別紙物件目録記載の土地を相手方に対し明渡すこと。
七、当事者双方は右各条項以外本件に関し他に何等債権債務のないことを相互に確認する。
八、調停費用は各自弁とする。
(註) 申立人等は小沢政子、桜井善八を示し、相手方は斎藤半九郎を示す。
(別紙) 物件目録<省略>